パプアニューギニアの山(4)

夜、雨が小屋のトタン屋根をたたく、結構激しく降っているようだ。深夜0時に起床して、朝食。まだ雨は止んでいない。朝食も、日本から持ってきた、モチとみそ汁、または、現地で売っていたカップ麺、私はカップ麺を選択したが、インドネシア産のミゴレンの汁そばで、なかなか難しい味であったが、なんとかいただき、1時出発。

depart.jpg

まだ、霧雨が止まないが、ヘッドランプの光を頼りに進んでゆく。ガイドは、肩掛けのサーチライトを使用している。雨具などはなく、普通のジャンバーだ。 アウンデ湖のほとりを過ぎて、登りにかかる。

この山の難しさは、高度順化ができていない場合にある。といっても、昨年、60歳代にして、チベットの6000M級の未登峰の難ルートを初登攀した現役クライマーMさんを除いては、順化できている者はいない。4000Mまでは、まっすぐ登るのだが、その後の500Mは、右上にトラバースをしながら、何キロも行かねばならない。

トラバースの途中で、高度障害になっても、簡単に高度を下げることができず、重大な事態になる場合を考え、わがリーダーは、4000M地点で、頭痛と吐き気があり、行動が遅くなった、新聞記者のTさんに引導を渡して、下山してもらった。正しい判断だと思われる。

skyline.jpg

先頭のUさんが、ゆっくりのペースを守って皆を導いている。4000Mの怖さを知っているからだ。私も、1980年にインドヒマラヤのガンゴトリ山群が解禁された時、すぐに出かけ、若くて血気盛んだった私は、ポーターと同じ荷物を背負って4200Mまで一気に登ってしまい、当然高山病になって、担ぎ下ろされた経験があるから、有り難かった。

戦時中に墜落したB25の残骸を過ぎ、稜線に出たり、トラバースを繰り返したりしているうちに、空が白んで稜線がくっきり見えてきた。少し頭が痛いが、腹式呼吸を繰り返して登ってゆく。アンテナの立っているニセピークを巻き込み、ウイルヘルム山の頂上が見えてきた。

wilhelm01.jpg

まるで、穂高の稜線のような感じで、全然違和感がない。左に回り込み、黒い花崗岩の、快適な岩を楽しみながら4508Mの頂上へ立つ。早い人は7時15分、ゆっくりの人は7時40分。

summit.jpg

結構風があり、気温は5度以下なので、寒く感じる。天候は高曇りで、景色は良く見えた。少し滞在し、下山を開始することには、お天気が良くなってきて、晴れてきてしまった。しかし、いつ悪天候になるか分からないので、あまりゆっくりすることもできない。

down01.jpg

晴れて、太陽があたってきたので、岩肌はどんどん乾き、日焼けが心配になるほどだ。夜中から行動しているのと、少し高度の影響が出ているのだろうか、眠い。特に、ガイドたちは、ほとんど寝ていないとかで、休みの時は横になって寝ている。暑くなってきたので、どんどん薄着になり、高度を下げる(といっても、あまり下がらない・・・)

man_eater.jpg

登るときには、見えなかった、人食い湖が見える。周りが赤いため、そういわれているそうだ。ここからは、どんどん高度が下げられる。だいぶ楽になってきた。

aunde.jpg

周りが岸壁に囲まれ、荒々しい風貌の、アウンデ湖を過ぎ、お昼頃、全員が無事Aフレーム小屋まで下山した。昼寝をする者あり、散策するものありで自由に過ごす。いつも、酒酒とうるさい、このメンバーにしては珍しく、酒類を荷揚げしておらず、夜は祝杯を挙げることもなく語り合った。 (^。^)

パプアニューギニアの山(3)

boiler.jpg

ベティズロッジのボイラー、これでお湯を沸かして、供給しているのだそうだ。

2月7日、鳥の専門家のUさんは、朝から大きな望遠レンズ付きの一眼レフを持って、極楽鳥を探しまわっている。

コンチネンタルスタイルのおいしい朝食をいただき、出発の準備にかかる。ポーターがつき(大体近くの部落の女性が多い)、シュラフなどの荷物を背負ってくれるので、小さなザックに雨具や水などを入れるだけ。申し訳ないようだが、これも、地元の雇用の場として、大事なことなのだ。

ポーターのほかに、アタックの日だけつくと思っていたガイドさんも、つくことになった。なんと、マンツーマンだ。昔はそんなことはなかったようだが、これも彼らの稼ぎの為だ。私のガイドさんは、ドル君、25歳の独身で、すでに17回ウイリヘルムに登っているという。英語は公用語なので、色々話そうとするが、お互いシャイ?なので、ボソボソと会話をする。右手に、刃渡り50センチくらいの山刀をぶら下げていて、ちょっと怖い(*_*;

朝、8時半頃出発、今日の行程は、3440Mのピュンデ湖ほとりの小屋までなので、上高地から岳沢よりちょっと上まで登る程度、高度の影響も出ないだろう。問題は、湿地帯の通過で、その為に日本からはるばる、長靴を持ってきたのだ。ひどい時は、膝までもぐってしまうこともあるという。

shitugen.jpg

金網に隔てられた、ベティさんの土地を右に見て、熱帯雨林の中、整備された歩道を進み、開けた場所に9時、そこから、いよいよ

湿地帯に入ってゆく。写真は、上から見下ろしたものだが、右側の樹林と湿地のコンタクトを登る。一回滑って、長靴の中に水が入ってしまったが、大したことなく、アウンデ湖下の滝へ。ガイドのドル君は、山刀を杖代わりにしたり、ブッシュを切りはらったり、しているが、時々、首の後ろに回していて、見ていて大丈夫かと思ってしまう。

 aflame.jpg

ちょっと登ったら、もう、Aフレーム小屋についてしまった。奥の小屋が、居住するところで、ちゃんとマットもあって、シュラフで快適に寝ることができる。手前の三角小屋は、昔営んでいた、黒部五郎小舎を思い出させる建物だが、食堂と、管理人の宿舎となっている。トイレは、別のところにあり、ポットントイレだが、屋根付きで、お釣りは来ない・・(^^ゞ ガイドさんたちは、別の掘立小屋に泊るらしい。 ピウンデ湖は、女の湖という。 周りが岸壁に囲まれておらず、穏やかなためらしい。小さな島が見える。

piunde.jpg

一休みして、高度順化と偵察のため、アウンデ湖の上(3600M)まで登る。ほんとは、もっと上まで登りたかったのだが、ガイドさんたちもここでいいというので、仕方なく、引き返す。

夕食は、今夜のために、日本から持ってきたカレーのルーと、現地の方に頼んでおいた野菜や鶏肉を使って日本式のカレーを作って、明日のアタックに備える。リーダーのAさんは、キッチンの女性に適切に指示を与え、おいしいカレーを食べることができた。本当にありがとう! さあ、明日は11時間行程。 7時にはシュラフに入って寝てしまった。

パプアニューギニアの山(2)

2月6日、登山基地の町ゴロカ(東京をポートモレスビーとすれば、松本みたいなもの)を出て、地元の人たちがハイウエイと言っている道を、ランドクルーザー2台に荷物と、ガイドたちと9人が分乗して出発、5分もたたぬうちにタイヤの空気が無いのでと停車、これからに不安を感じさせる・・・

ここを走っている、自動車は、ほとんどがトヨタのランドクルーザー(トラックもある)で、他も、100%近くが日本車で占められている。あとで、その理由を知ることになる。他の車では走れないし、耐久性が持たないのだ。

lancr01.jpg

最初は、アスファルトのまぁまぁの道だったが、2,480mの峠を越えるころから、舗装がところどころ剥がれており、荷台にある、クッションのない簡素な横向きのシートに座っていると、時々突き上げるようなショックが腰を襲う・・・(@_@;) こんな道でも、アメリカのkenworth社のコンボイは、コンテナーを積んで爆走している。

聞けば、液化天然ガスのプラントを日本が受注して、その建設に向かっているらしい。生産量の660万トンのうち半分が日本用なのだそうだ。 T電さんも購入先だそうだ。つかまるところも無く、足を突っ張っているので、とても、車内では写真が撮れる状況ではない。 道端には、小さな売店?が並び、大勢の人がだだ歩いているか、バス(といってもトラックの荷台)を待っている。

なぜか、検問だけ一人前で、定員や、整備のステッカーを貼ってあるかなど、調べられ、一台は、フロントガラスを交換していて、ステッカーがなかったので、罰金を取られ、ドライバーが怒り狂ったそうな・・・

to_kegesukuru.jpg

ハイウエイと山道の分岐の町、クンデアワで、昼食をとり、いよいよ本格的な未舗装路となる。

ここにも、簡素な飛行場があり、ニューギニア航空の路線図にもあったので、飛行機でこれるかも知れない。 

雨季なので、最近起きたばかりの、土砂崩れ現場をなんとか通り抜けてゆくが、振動はハイウエイの比ではない。全身でへばりついている感じで、休んだ時しか写真が撮れない。不思議なことに、道幅は昔の上高地線の2倍はあるので、谷底に落ちる不安は、あまり感じないで済んだ。

ランクルでも、通れるか通れないかの場所には、何故か村の人たちが何人か立っている。止まったら、押してくれるらしい。見返りは求めないのだろうか??

bettys_welcom.jpg

突っ張っていた、腕も足も疲れ果て、ケグスグル村のベティさんのロッジ(2700M)に着く。歓迎の花の文字がうれしい。 今後来る方は、車に乗るときには、低反発マットとヘルメットを装着することをお勧めする。(>_<)

ちょっと手前の、マウントウイリヘルムハイスクール(寄宿学校)の前に、ブッシュ飛行場があったので、クンデアワから、アラスカのアプローチに使うような、軽飛行機かヘリをチャーターするのもひとつのやり方だと思う。

ベティさんは、3か月ほど、松本近くの明科町で、マスの養殖を学んでいたことがあるそうで、全員が松本の人間だと言ったら、大歓迎を受けた。明科では、いつも、金曜日には、みんなで飲みに行っていたそうだ。

trout.jpg

早速、ベティさんの自宅のそばの、養殖場に案内してもらう。 本格的なもので、びっくり。5m位の円形のプールには、何万匹いるのか分からないほどのマスの稚魚が泳いでいた。 JAICAの協力も得て、作ったが、一回、川の決壊ですべてを失ったが、再度作ったそうだ。まさに、肝っ玉母さんだ。ベディさんのロッジは2段ベッドの部屋だが、清潔で、マスのスープやムニエルやフルーツ、デザートまで、食事もおいしい。とても山の中とは思えない。

パプアニューギニアの山(1)

gainen.jpg

2月4日から1週間、パプアニューギニアの最高峰である、ウイルヘルム山(4508m)に登ってきました。パプアニューギニアは、オーストラリアのすぐ右上にある大きな島で、左半分はインドネシアになっています。

第二次世界大戦の時は、ラバウルやレイなど、日本軍が無援の戦いを強いられ、多くの日本兵が亡くなった悲しい歴史のあるところでもあります。

仲間は、日本山岳会信濃支部で、何人かは同じガイド組織に属しており、年齢は、50代後半から70代前半までの8人と、毎日新聞の記者さんでした。年はとっていても、皆、現役で山を続けており、8000mを登ったことがあるAさんをはじめ、ほとんどの隊員が5000m以上を経験しており、天候を除けばあまり不安は感じませんでした。

日本から、6時間半ほどの直行便で、首都ポートモレスビーに早朝着き、国内線に乗り換えて、1600mの高地にある町、ゴロカまで、一気に入ってしまうので、暑さに弱い私でも、なんとかなりました。しかし、-10度から、30度は、なかなか順化は難しかった・・・

 

port_to_goroka.jpg

40人乗りの双発機は、ネパールの、カトマンズからポカラの時に乗ったものと同じものでした。道路や鉄道が通じていないので、地元の人が、野菜や果物、生活必需品と一緒に乗り込んできました。

1時間半ほどのフライトで、ゴロカの空港に着くと、金網の向こうで、学校の制服を着た、若い女の子たちが、大勢、わんわんと泣き叫んでいて、びっくりしました。まさか、この土地では、これが歓迎の挨拶なのだろうかと思いましたが、実は数日前にレイ沖で沈没したフェリーの乗客の中に、同級生がいて、その遺体が、私たちとともに運ばれてきたのでした。知らなかったこととはいえ、失礼なことを考えてしまったものです。ごめんなさい。

goroka_market.jpg

早速、ホテルにチェックインして、町のマーケットへと見物に出かけました。果物(特にパイナップルが旬)はもちろん、日本にある野菜はなんでも、そして、シダ類みたいなものも売っており、なんか親しみを感じましたが値切りは禁止だそうで、みんなが同じ値段で、同じものをいっぱい売っているのだから、競争原理が働かないのではと思うのですが、そんなことは、現地の人にしてみれば、変な東洋人の考えることでしかないのでしょう?

ホテルに戻って、日本にローミングの携帯電話で連絡しようとしましたが、できません。ネット接続もできると書いてあったのですが、最近の悪天候で、壊れているそうだ。携帯電話だけでも、山に持って行こうという思惑はここで挫折してしまった。山に入ったら連絡手段はないのだ。(^_^;) まぁ、昔と同じだと思えばいい・・・

 

 

 

6月9日上高地音楽祭のゲスト決定

第28回上高地音楽祭のゲストが決定しました。 尾崎亜美さんです。 アミーゴ(鈴木亜美さん)ではありません。(^^ゞ 知っている人は知っているアーティストです。

個人的には、大学を出てすぐ、1978年の春、アラスカの山を登りに行ったときに、カセットで聞いていた、「初恋の通り雨」が印象に残っています。「嵐を起こして」も好きな曲でした。色々な素晴らしい歌も歌っていますが、なんといっても、他のアーティストに提供した歌がまた素晴らしい!

 今は、篠山紀信さんの奥さんになっている南沙織「春の予感」、杏里「オリビアを聴きながら」、高橋真梨子「あなたの空を翔びたい」、松田聖子「天使のウインク」などを提供しているほか、プロデューサーとしても草分け的な存在なのです。

 上高地の野外で、どんなステージを提供していただけるか、本当に楽しみです。6月9日午後1時~3時に小梨平キャンプ場の特設ステージ(雨天はビジターセンター)です。 入場は無料ですので、是非、聴きにいらしてください。

上高地のホームページについて

 1月も終わりになろうとしています。もう、2か月もすれば、入山の季節を迎えてしまうのですが、先輩からこう言われたものです。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と、言い得て妙だと思います。

 2月から予約の受付を始める宿泊施設も多く、昨年までは3月からだった、帝国ホテルさんも2月からになったそうです。

 さて、今度2月に、メジャーバージョンアップする、上高地公式ホームページは、もう、4代目か5代目(^_^;)となるはずです。思い出せば、1997年に、WEBがこんなに影響力があるものになるとは思わず、旅館組合の中で、とりあえずやってみようということで、私に白羽の矢がたったのでした。予算はほとんどありませんでした。

 だいたい、自分の家のページも作っていなかった、素人の私ですが、苦労してなんとかドメインを2個取り、今思えば、超シンプルなページを立ち上げたものでした。 その時の目標は、”上高地の今を知っていただく”ということでした。 新緑や、紅葉シーズンになるとかかってくる電話は、「今、新緑ですか?」とか、「紅葉は盛りですか?」などというのばかりで、それに対して、自分の感覚で、答えていたのですが、実際に来ていただいたお客さんの感覚とは異なり、お叱りを受けたこともあったのです。

 それは、「新緑」ひとつとっても、人によってとらえ方が違うからでした。5月中旬のほんとに、若葉がでできて、萌黄色になっているのが、新緑という人もいれば、5月終わりのもう少し葉が出揃って緑が少し濃くなったころが、新緑だという人もいます。紅葉も同じです。 そこで、まず、デジカメ(その頃はそんなにいいのはなかった)で写真を撮り、自分の目で見ているのと同じにパソコンに映るように、色を調整して、新着情報に載せたのです。これなら、自分の目で判断していただけると思いました。しかし、その季節になると、毎日写真を入れ替えるので、スキルが無い私には結構大変でしたが、そのうち慣れました。

  その頃、PTAの会長をやらせていただいたのですが、松本市のPTAのホームページも担当となり、上高地で磨いた技術?で行事のたびにHPを更新したので、結構役にたったようです。ちなみに、西糸屋のHPは、ようやく2001年の春に完成しました。西糸屋のページについては、またの機会に書きたいと思います。

 だんだんとネットが影響力を持つようになり、組合の上層部の皆さんも、予算をかけて、もっと立派なページを作ろうということで、ページは、私の手を離れ、業者さんが創るようになり(といっても、WEB委員会で討議しますが・・)見栄も、内容もだんだんと素晴らしいものになってゆきました。 西糸屋に最初から設置した、手作りのライブカメラ(製作費1万円)は、公式ページの一角に使っていただきました。その後、上高地のページは、何回かのバージョンアップの末、今のページになっています。

 いまのネットの世界は、ポータルサイトの一番上に来るために、必死になっているような気がします。確かに、商売的にはそれがいいのかもしれません。しかし、最近の食べログみたいに、「やらせ」の記事が出たり、一番上には自分の本当に探しているものが表示されなくなっているのはどうかと思います。私は、最近は、大体2ページ目から5ページ目を良く見るようにしています。

 来ていただくお客様が、どんな情報を欲しているのかを、原点に戻って考える時期に来ているような気がしてなりません。アクセス解析のみで判断してはいけないのかも・・・ (@_@;)

1月17日現在の上高地

yake0117.jpg1月17日、例によって、施設の見回りと点検のため、上高地へ行ってきました。朝のうちは、曇っていましたが、すぐに晴れてきて、きれいな穂高連峰や焼岳を見ることが出来ました。風も無く、気温は0℃まで上がり、外に居れば気持ちがいいのですが、施設の点検なので、そうもいってはいられません。施設の中は、-5℃以下になっているので、寒いこと寒いこと・・・・

 西糸屋の裏1

雪の量は、本当に少なく、せいぜい50センチくらいしかありません。お正月は、とっても寒くて、-20度以下になったそうですが、風はあまり強くなかったようで、いつもなら、一階の屋根の近くまで積もっている吹き溜まりも、全然大したことがありません。

西糸屋の裏2

この2階の屋根も、風が強ければ、雪は吹き飛ばされているのですが、静かに積もったようで、しっかりと付いています。これが、落ちずに、3月となり、さらに積もって、下の部分が氷の板となり、滑り落ちるのが怖いです。

以前3月終わりに見回りに行ったとき、すべてが落下して、太いボイラーの煙突が折れてしまって、開業までに直すのに必死の思いをしました。

 まぁ、こんな感じで、冬の間に、何回か見回りに行き、施設の破損の危険を感じた場合は、その場で雪下ろしを行うこともあります。

最近の遭難について

今年も、お正月が明け、何組かの登山者(スノーボーダーも)が遭難して、救助を要請し、県警のヘリや、防災ヘリによって救助されたことは、記憶に新しいことと思います。 お天気を読んで(寒いのは当たり前)引き返していればという遭難も多かったと思っています。

私も、今や、冬に一回か二回しか3000mの冬山には登っていないし、現場のことは評論すべきではないというのが信条ですが、あまりにも、安易に携帯を使い、ヘリコプターを呼んでしまう、今の風潮を見るにつけ、一言申し上げたくなりました。

以前、足をくじいて、携帯で救助を要請し、民間のヘリしか出れないので、有料になるといったとたん、「それなら、自分で降りる」といって電話を切った登山者や、予備日を持たずに山に入り、会社に間に合わなくなるからと、ヘリを使ったという、言語道断な登山者の話は県警の皆さんからも聞いていました。

私も、山で落石を受け、足の骨にひびが入っていても、なんとか自力下山をしたり、足や顏に凍傷を負って、命からがら下山したことは一度や二度ではありません。 ねんざ程度なら、這いずってでも自力下山すべきと思います。 しかし、夜に、警察から電話がきて、西穂山荘からの下山中にねんざをしたとか、疲れて動けないとか、暗くなったから、来てくれとか、要請があると、救助に行かねばならない立場なのです。しかも、そんな時に限って、宿は満室で忙しいことが多いのです。

 今回も、低体温症になったという理由で、ヘリを呼んだが、実は食料や燃料が切れ、その後の天気が悪くなるからという理由で、危険な気象状態の中、防災ヘリを飛ばした登山者もいました。

いったい、ヘリをなんだと考えているのか? 最初から、登山計画の中に、やばくなったら携帯を使ってヘリを呼べばよく、それは、恥ずかしいことでもなんでもないと思っているのでしょうか? ヘリを飛ばすのに、どれだけの税金がかかるか考えてみれば、あまりにも、我儘なことだと思います。 一時長野県では、ヘリの燃料などの実費を請求すべきだという議論まで生まれたほどです。

少なくとも、冬山に向かうパーティーは、登山計画書を提出するのは当たり前として(でも提出率は30%以下)、吹雪の稜線を余裕を持って歩けるようなエキスパートを除いては、予備日と食料や燃料をその分持つべきですし、天候を読んで、エスケープルートを自らの力で降りることができることが最低条件。 携帯電話や、ヘリコプターは、それでも、どうしようも無くなったときに心の中に隠しておくものだと思います。もちろん、最悪の状態になる前の判断も大事ですが・・・

30年ほど前、ヘリのレスキューが当たり前だった(もちろん保険に加入)ヨーロッパの氷壁で、友人が登れなくなり、ヘリを要請したとき、あまりにも、件数が多いので、降りるためのアイスピトンと、長いザイルをヘリから吊り下げて渡しただけで、機材の費用は、後で請求されたことを覚えています。

自己責任という言葉がありますが、人に迷惑をかけないこと、セルフレスキューができないような、自分に不相応な山(これが判断できる人はそんなことはないだろうなぁ)には向かわないこと。行くなら、それだけの鍛錬を積んでほしいと思うのです。

まだまだ若輩者が、偉そうなことをいってすみません <m(__)m>

全室禁煙のお知らせ

2012年のシーズンから、西糸屋は、全客室を、禁煙とさせていただきます。今までも、相部屋の別館(山小屋スタイル)のお部屋は禁煙だったのですが、旅館タイプの本館も禁煙にさせていただくことになりました。

喫煙は、本館のフロント近くの喫煙所か別館の入り口付近でお願い致します。喫煙所には、煙を吸い取る、分煙機を配備させていただく予定です。愛煙家の皆さまのご協力を、お願い致します。

もう、30年ほど前になりますが、スイスの山岳ガイドさんの家に下宿をさせていただき、山を学んでいた頃、一般の人が利用する列車に乗ると、半分が緑のシートそして、半分が赤のシートに分かれており、中間に仕切りとドアがあって、びっくりしました。もう、その頃スイスでは、男性の喫煙率が落ち、女性が増えつつありましたが、全体でも、35%くらいだったと思います。

中央線の「あずさ」も、昔は、禁煙車があって、喫煙率が50%くらいになっているのに、禁煙車は2割程度しかなく、指定席は、禁煙車から埋まってゆきました。なんで、半々にしないのか、不思議でなりませんでしたし、突然、全車両が禁煙になってしまったのも、不思議でなりません。日本という国は変な国だと思います。

日本でも15年くらい前から、男性の喫煙率が落ち、女性の喫煙率が上がってきました。現在の日本の喫煙率は25%くらいになっていると思います。私自身は、タバコが吸えません。試してみたのですが、2本をまじめに吸い込むと、お酒を一升飲んだのと同じくらいのダメージを次の日に受けてしまうのです。どうせ、頭が痛いなら、長い時間をかけてお酒を楽しんで飲む方がいいと判断しました (^_^;

タバコは、百害あって一利なしといいますが、私はそうは思いません。確かに、肉体的には良くないし、受動喫煙の問題もあるのですが、精神的なメリットもあるのではないかと思うのです。

大学一年生の頃、山岳部の合宿で、3年生の先輩がトップで滝谷を登っていた時、先輩が墜落し、なんとか止めることができたのですが、テラスに下りてきた先輩は、タバコをとりだし、おもむろに吸い始めたのです。5分後、落ち着いた先輩は、何ごともなかったかのように、登って行きました。一年生にはトップはやらせないという規則があるのです。

卒業して、OBとして、一年生と瑞牆山の壁を登っていたとき、私は、情けないことに中間のエイドのピッチで、ハーケンが抜け、グラウンドフォールしてしまいました。胸をしたたか打ってしまった(後でひびが入っていたことがわかった)のですが、一年生にトップを登らせるわけにはいかず、中間にピンが2本しかないピッチを控え、落ち着かねばならぬと思えば思うほど、焦ってしまい、すぐに登り始めてしまったのです。なんとか、恐怖を押さえて登りきったのですが、タバコが吸えたらなぁと思ったことも確かです。

お酒で、人に迷惑をかけてしまったことが一度や二度ではない私がいうのも変ですが、車から、外に灰を落としている人や、灰皿ごと外に捨てている人を見ると頭にきます。最近では、お泊まりになるお客さんも、同室の人の事や子供の事を考えて、自主的に喫煙所に来て吸っていただいているのを見るにつけ、ちゃんとマナーを守って、吸っていただくならば、私は良いと思うのです。嫌煙家の皆さんからは、甘いといわれるかもしれませんが、吸う人と吸わない人がうまくやっていけるようになればいいと思っています。喫煙室といって、ガラス張りで周りを囲ってしまい、狭い中で大勢の人がタバコを吸っているのは、見ていて、なんか変だなあと思うので、そのようにはするつもりはありません。

山頂での一服や、食事の後の一服はおいしいそうですから、携帯用の灰皿や、吸わない人に対する気遣いを持っていただければ、全然OKだと思います。 上高地は、歩行中は喫煙禁止です。ここまで読んで下さった皆様には、そんなことは、あたりまえだと思っていただけるでしょう。

取りとめも無く、書いてしまいましたが、皆さまのご協力をお願い致します。<m(__)m>

電気自動車(リーフ)2

リーフに乗ってきての感想です。 まず、なんといっても、上高地で生業をやらせていただいているので、月に2000キロの女将の通勤にCO2を出さずに済むことがうれしいです。 一か月の電気代は、自宅の深夜料金が3,000円程度と上高地が2,000円は行かないだろうから、5,000円はかかっていないと思います。

 走行面では、機械音痴の、妻が乗りこなしているところをみると、限りなく「普通の車」なのでしょう。これは、設計者にとっては、目指すところであり、最大限の賛辞だと思います。 モーターのトルクが太いせいか、ノーマルモード(普段はエコモード)にすると、加速が素晴らしく良く、釜トンネルも楽々登ります。しかし、電気残量が目に見えて減ってゆくのを見るのは、あまり心臓に良くありません。一方、下りになったり、ブレーキを使うと、逆に電気残量が増え、航続可能距離も増えてゆくのは面白いです。

  PCやスマホを使う私にとっては、とっても楽しい車です。 プラグが繋がっていれば、どこからでも充電開始や、エアコン開始の命令を出せますし、電池の残量もチェックできますので、携帯電話にめったに出ない、女将があと30分で到着することも分かるのです。 前日以前の、走行記録も、PCの地図の上にプロットされてしまうのは、ちょっと・・・ 逆の立場でなくて良かった ^^;

 上高地の園路を走らざるをえない場所では、歩いているお客様に安全なように、低速になるとわざとモーター音を出すようになっているので、有り難いです。10年前から乗っている、会社のエスティマハイブリッドは、モーターモードでは音が出ないので、クラクションを使ってはいけない上高地では、窓から「すみません」と声を出しておりました。

 いいことばかりではありません。当然のことながら、航続距離が短いこと。これに伴って、エアコンを使うと、航続距離が短くなってしまうこと。冬は、「乗る前エアコン」機能を使って、プラグイン状態の時に暖め、別のバッテリーを使用する、標準装備の、ステアリングヒーターとシートヒーターを使っています。 しかし、夏は「乗る前エアコン」を使うしかありません。

 使い方を考えれば、十分実用になる車だと思います。 これから望むのは、やはり、バッテリーの大容量化と、エアコンシステムの改良です。 ただ、一台しか車を持つことができないならば、現在の最良の選択肢は、ハイブリッドかプラグインハイブリッドがいいと思われます。 一部の三菱iミーブや軽ワゴンのように、短距離に特化し、値段を抑えるのも一つの方法です。

 また、スマートグリッドではありませんが、非常時に、家庭の2日分の電気を賄うことができる、リーフのバッテリーを利用するシステムも、もうすぐ実用化されそうです。ともあれ、夢の車?に乗っているという気持ちも大事なのではないかと思います。